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◆ I Just Can’t Stop Loving You マイケル・ジャクソン&サイーダ・ギャレット [No1ソング]

                                                     original 2009.2.5Up

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 マイケルのソロとしてのビルボートチャートのNo1ソングは13曲ありますが(ポール・マッカットニーとの「Say Say Say」を含む)、それらをこのカテゴリーでは紹介しておこうと思います。時系列に沿いませんが、まずは『BAD』からの5枚のNo1シングルを紹介したいと思います。

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 世紀の大ヒットアルバム『スリラー』から4年、87年8月31日、ついに全世界の人々が待ち望んだマイケル・ジャクソンのNewアルバム『BAD』が発売されます。そして、(当時でも)世界で一番売れているアルバム『THRILLER』を超えるのは不可能という中での『BAD』の登場です。マイケルは、世紀のアルバムとなった『スリラー』を超えるべく再びクイシー・ジョーンズとアルバムを製作しました。彼らのライヴァルは彼ら自身でした。

 これまでも『BAD』についてはいろいろな角度から取り上げていますが、このアルバムの特色のひとつは、全11曲中9曲がマイケル単独で書いた曲であるということ。リリック、メロディの進行にマイケルの特徴を感じます。

 基本的に楽器ができないマイケルは、インスピレーションで曲を作る感じ。譜面は読めないし必要性も感じていないとも述べている。インタビューでも、「曲をつくるというより曲の方からやってくる」と。まさに曲が天から降りてくるというもの。それは、メロディーがいきなり降りてくることもあるし、ベース音やビートから入ってくることもあると。そして、曲を受け取る際の感覚をスピリチュアルで美しいと表現しています。

 そして、そこからサウンドの肉付けをしていく。クインシーの助言に従うこともあるし、テクノロジーに頼る時もある。『BAD』のサウンドはかなりのデジタル化を感じます。時代の流れといえばそうなのでしょうが。

 『BAD』からのNo1ヒットは5曲。1枚のアルバムから5枚のNo1シングルを生んだのは音楽シーンにおいても『BAD』のみ。(後にケイティー・ペリーがならぶ)そこは2曲のNo1曲の『スリラー』を超えました。 

 さてその『BAD』からの先行シングルは、「I Just Can’t Stop Loving You」。ある意味意表をついたバラード。それもDUOソング。マイケルのパートナーを務めるのもサイーダ・ギャレットという無名の新人。
 この曲の初聞きは、FMでした。当時は、Radioという媒体も音楽ファンにとっては欠かせないツールでした。アーティストの新曲など、CD発売より先に、Radioで解禁されていた。日本でも(番組のタイトルは覚えていませんが)FM Radioの番組でファンが待ち望んでいた新曲がお披露目された。
 リアルタイムに感じる、マイケルの新曲。開始時間を興奮して待っていたのは覚えています。
 ちょっと神秘的なシンセの包み込むような音をバックに、マイケルのウィスパーボイスによるささやきから始まる。

 少しの間 君のそばに横たわっていたい
 今夜の君は とてもきれいだ
 愛らしい瞳
 かわいらしい口元
 
 多くの人が僕のことを誤解している
 みんなが僕のことを何も知らないからだ

 君に触れていたい
 君を抱きしめたい
 君が必要なんだ
 ほんとうに・・・
 心の底から君を愛している

 まあスターになるとファンの数もとてつもないけど、アンチが出てくるのも宿命。『スリラー』でスーパースターとなったマイケル、『BAD』前から加熱してきたマイケルちょっと変な人的な話も、だんだん悪意あるものに変わってきた。それに対するマイケルからのささやかな反抗メッセージを、このバラードにかぶせてタブルミーニングにした。
 出だしのリリックの間に入る 

 多くの人が僕のことを誤解している みんなが僕のことを何も知らないからだ

 という部分はちょっと文脈からそれるというか、浮いてる。
 後にリマスター盤や特別編集盤『BAD』、ベスト盤等も発売されますが、すべてこのマイケルのイントロは削除されています。

 思うに、マイケルの意図したタブルミーニング、本来のラブバラードとしてのメッセージより、マイケルの反抗メッセージの意味合いの方が強く汲み取られてしまい、曲の本来の世界観が薄れることをマイケルが嫌がった気がします。

 初回のプレス盤には、このイントロが入っていますし、リアルタイムに『BAD』を聞いていた人は、逆にこのイントロありが普通の感じだと思います。
 リリックの世界観はぬきにしても、マイケルのこのささやきは、女性ファンにとっては魅了されるものがあると思います。曲のドラマ性も高まる気がする。

 チャートと売上という点でも、HOT-100、R&BでもNo1シングルとなり、当時、セールス的には唯一のゴールドシングルとなっている。当初、チャートの1位は獲得するも、『BAD』からはミリオンシングルが出ていませんでした。みんなアルバム買いになるからなのだと思います。
 『BAD』からは7枚のシングル(UKでは9枚)がカットされるわけですが、戦略的にはアルバム発売前の先行シングルとしてが最適だったのだと思います。インパクト的には、この後シングルになっていく曲の中では最も薄いかもしれません。この曲を中盤以降にシングルにしていたらNo1ソングにもならなかったかもしれません。

 この曲がシングルセールス的には『BAD』の中で一番売れたということは、やはりどれだけ多くの人がマイケルの新曲を待ち望んでいたかがわかります。インパクトなんてぬきにして、マイケルの歌声を聴けるというだけで感涙だったのだと思います。

 この曲はデュエットの相手を選ぶのに難航したそうです。最終的には、クインシー人脈で発掘されたサイーダ・ギャレットになるわけですが、DUOパートナーも無名の新人という所でインパクトももてなかった。
 当初は、バーブラ・ストライサンドだったそうですが。曲が気に入らず断られたそう。曲はぜんぜん黒くなくポップなので、白人女性ボーカルの方にあうと思う。今ならセリーヌ・ディオンとかあいそう。
 スパイク・リー監督の『BAD』のドキュメント番組では、ホイットニー・ヒューストンが候補だったと明言されていた。しかしWhitneyサイドが断ったと。

 この辺は、ジャーメインの関連記事でも記しましたが、マイケルの兄、ジャーメインと4曲もDUOしているホイットニー。さらにその4曲どれもシングルにできるポテンシャルなのにシングル化されず。特に86年の『プレシャス・モーメンツ』に収録された「If You Say My Eyes Are Beautiful」はNo1シングル確実と思えたシングル曲でしたが、アリスタレコード社長のクライブ・デイヴィスの意向(と思われる)でシングル化されず。
 そんな状況で、ジャーメインに配慮してマイケルとのDUOを受けるのをホイットニーが拒んだのかもしれません。

 さらにダイアナ・ロスの名前もあがったそうですが、どれもまとまらず新人のサイーダ・ギャレットにおつちきます。(当時はシーダ・ギャレットって発音してた)サイーダといえば、『BAD』だけでなく、マイケルの楽曲群の中でも重要の意味をもつ「Man In The Mirror」の作者の一人。そのすばらしい楽曲を提供したクインシー&マイケルのご褒美的な面もあったのかな。
 もっと勘ぐれば、クインシーが、この後売り出すサイーダのプロモーションにこの曲を利用した的な。そうはいっても、最終的に判断を下すのはマイケルだったと思う。マイケル納得の上でのパートナー指名だったと思います。
 ドキュメント番組でも、スタジオに理由を知らされずに呼ばれたサイーダが自分がマイケルのDUOパートナーを務めることをその場でサプライズ的に知らされ驚く姿は印象的。
 ただ個人的には、中性的なサイーダのボーカルが、さらにMJのスタイルを真似てて、区別がつきにくい感じ。逆に男性のマイケルの方が女性的なボーカルの感触があるし。しかし、中盤以降マイケルのボーカルはエモーショナルになり素晴らしい。マイケルのボーカルにも魅了される。
 そして、リリックがすごくマイケル的。純粋というか、悪く言えばひねりがない。マイケルのラブソングにいえることですが、愛の表現がストレート。リリックの中に官能さや、痛みや、深いところの表現がうすい印象があります。それは、普通のティーンエイジャーのような恋愛ができなかったマイケル・ジャクソンだからかもしれません。

 さらにこの「I Just ---」には、スペイン語バージョンもあり、また雰囲気が全然違う。スパニッシュの響きがいいのでしょうね。さらにさらにフレンチバージョンは、かなりレアなバージョンでしたが、『BAD25周年記念盤』にこの2バージョンも正式に収録録されます。 

BAD25周年記念デラックス・エディション(完全生産限定盤)(DVD付)

BAD25周年記念デラックス・エディション(完全生産限定盤)(DVD付)

  • アーティスト:
  • 出版社/メーカー: SMJ
  • 発売日: 2012/09/19
  • メディア: CD
 この曲は『BAD』伝説の序章です。次に、「スリラー」以後全世界がまちわびたMJのダンスがショートフィルム「BAD」で披露されます。

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◆ ジャーメイン・ジャクソンとホイットニー・ヒューストン [ジャーメイン・ジャクソン]

                               オリジナル2010.1.9Upに修正・加筆

jermainewhitney.jpg
 ホイットニー・ヒューストンは、R&Bだけでなくシーンに名を刻んだディーヴァですが、マイケル・ジャクソンの兄、ジャーメインがホイットニーのスター街道への道のりに少ながらず貢献しているのはけっこう見落とされているように思います。
 なんていうか、ジャーメインはホイットニーの陰に隠れてしまった感じで、なんだか不運という印象をどうしてももってしまうおれです。
 ジャーメインとホイットニーの共演曲は5曲あります。(その内1曲はお蔵入り)
 
 そもそもホイットニーとジャーメインを結びつけたのは、アリスタレーベルの当時の社長クライブ・デイヴィスによる所が大きい。このBlogでもジャーメインの軌跡をおっていますが、兄弟たちと離れてひとりモータウンに残りソロ活動をしていたジャーメインですが、モータウンとの契約を終え、新天地アリスタレコードへ移籍します。クライブ・デイヴィス率いるアリスタは、AOR色の強い大人のレーベルです。(所属アーティストは、ホイットニーの他、アレサ・フランクリン、ケニーG、バニー・マウロウ、サンタナ等)ジャーメインのアダルトな魅力ともマッチし、よい選択だったと思います。
 ジャーメインは、もちろん素晴らしいボーカリストですが、プロデューサーとしての才能も十二分に持ち合わせていた。ジャーメイン自身も他のアーティストを手がけたい欲求もありました。
 そんな中で、アリスタレコードではホイットニー・ヒューストンのデビュー計画が着々と進められていました。まず最初の戦略として、デビューアルバムを出す前に、名の売れたアーティストと共演しシーンにその名前と印象を植え付けるというものでした。そんなホイットニーのイメージとの相性も考えて組まれたのがテディー・ペンダーグラスとジャーメイン・ジャクソンだったのです。
 ジャーメインに関しては、デュオだけでなくプロデューサーとしても彼女のデビューアルバムに大きく関わる事になります。
 
 ホイットニーのシーンの登場は、84年6月、テディ・ペンダーグラスとの「Hold Me」(Whitneyの1stアルバムにも収録)でです。冬の暖炉の前で聞いたらいいような暖かで優しさあふれる曲。新人のホイットニーはベテランのテディに臆することなく歌っています。前半は抑え目ですが、後半は熱唱です。この曲はR&Bで5位(Hot100で46位)となります。実はこの曲がリリースされた事により、ホイットニーは、85年に発売される1stアルバムがデビュー作と認められず、グラミーの新人賞のノミネート資格をも逃す事になります。
 
 次に彼女が登場したのはジャーメイン・ジャクソンのアルバムでです。ジャーメイン自身も、84年5月、新レーベルアリスタで心機一転のニューアルバム『Jermaine Jackson』(『ダイナマイト』)を発表。アリスタとしても、このアルバムの制作やプロモーションには相当の力いれた感じです。


ダイナマイト

ダイナマイト

  • アーティスト:
  • 出版社/メーカー: BMG JAPAN Inc.
  • 発売日: 2009/11/04
  • メディア: CD
 
 ジャーメインとホイットニー・ヒューストンとのデュエット曲はこの時点で3曲あったようです。一番最初に録音されたのが「Don’t Look Any Further」という曲。これは実は没になったようです。というのも作者のデニス・ランバートは、最初にアリスタサイドにこの曲を提供し、ホイットニーのデビューアルバムの収録候補曲としてジャーメインとホイットニーのデュオで録音がされます。
 しかし、なかなかホイットニーのデビューアルバムが出ない事にしびれをきらしたランバートは、この魅力的な曲をまた別のアーティストに提供し、そちらの方が先にシーンに出てしまったのです。
 それがテンプテーションズの元ボーカリスト、めちゃパワフル&ソウルボーカルのデニス・エドワーズ(ついこの前2018.2.1逝去)。そしてそのデュオ相手がなんと後にマイケル・ジャクソンともデュオするサイーダ・ギャレットなのです。(ここでも微妙な因縁を感じます)曲調はグランドビート(という呼び名はまだ存在していない)調のベースラインが効いた斬新な曲で、R&Bで2位(Hot100で72位)となります。


Don't Look Any Further

Don't Look Any Further

  • アーティスト:
  • 出版社/メーカー: BIG BREAK
  • 発売日: 2011/03/28
  • メディア: CD
 
 この曲は、ジャーメイン&ホイットニーにとってもヒット確実のシングル曲だったので、彼らのバージョンが発売されなかったのは残念です。ここでもジャーメインの不運を感じます。
 結局、ジャーメインのアルバムには2番目に録音された「Take Good Care Of My Heart」(「やさしくマイハート」)が収録されます。アーバンなこの曲は素晴らしい仕上がりです。この曲の主役はあくまでもジャーメイン。艶やかでソウルなジャーメインのボーカルが堪能できます。ホイットニーは終始おさえめ。カットされてもいい曲だったと思います。この曲は、ホイットニーのデビューアルバムにも収録され、そちらの方が多くの人に聞かれたように思います。
 余談ですが、ジャーメインのこのアルバムには、マイケル・ジャクソンとのエキサイティングなデュオ曲「Tell Me I’m Not Dreamin」も収録されます。アリスタサイドもジャーメインもNo1ヒット確実と思っていたこの曲ですが、『スリラー』のヒットがまだ続いており影響を及ぼすというマイケルの属するエピックソニーが、シングルカットを許可しませんでした。(一説にはマイケル自身もシングルカットを望んでいなかったとあります)これも不運です。ただジャーメインのアルバムセールスには貢献したようです。ジャーメインでのアリスタでの1stアルバムはR&Bで見事に1位に輝いています。
 ジャーメインも復帰したジャクソンズの『Victory』の発売も控えていましたが、ジャーメインに配慮してこのアルバムは7月末で発売を遅らせます。
 そして85年に入り、ついにホイットニー・ヒューストンのデビューアルバム『Whitney Houston』(そよ風のおくりもの)が発表されます。


そよ風の贈りもの~25周年記念盤(DVD付)

そよ風の贈りもの~25周年記念盤(DVD付)

  • アーティスト:
  • 出版社/メーカー: SMJ
  • 発売日: 2010/02/03
  • メディア: CD
 
 このアルバムでのホイットニーの成功は周知の通りですが、アルバムの完成度を高めているのが、シングルカットはされていませんが決して捨て曲ではないジャーメインによる3曲(内デュオが2曲、「やさしくマイハート」は再収録)。1枚のアルバムに同じ相手のデュオソングが2曲入るというのは珍しいと事だと思います。それだけ2人の相性のすばらしさを感じます。
 そして3番目のデュオソングとなる「Nobody Loves Me Like You Do」(夢の中の二人)この曲も雰囲気的には前述のテディとの「Hold Me」と似ていますが、すばらしいSlow。ここではジャーメインのボーカルの七変化ぶりを感じます。
 さらにジャーメインは「Someone For Me」という曲でプロデュース。マルチなジャーメインは楽器も演奏します。モータウン時代のサウンドっぽいダンスナンバーでいい感じ。
 
 さらにホイットニーとジャーメインは、同年、アリスタが期待の若手を中心に編成したサントラ『パーフェクト』(ジョン・トラボルタ主演)で「Shock Me」という曲で共演。

Perfect

Perfect

  • アーティスト:
  • 出版社/メーカー: Arista
  • メディア: LP Record
  
 この曲は、当時ジャーメインのサウンドブレインだったマイケル・オマーティアンによる疾走感あるエレクトリック・ダンスナンバー。(ジャーメインは主題歌の「パーフェクト」も担当しすばらしいダンスナンバーとなっている)。
 これまで大人のバラードで共演してきた2人ですが、この「Shock Me」はめちゃかっこいいスピーディーなダンスナンバー。これまでと180度違う魅力を2人のデュオの感じます。すごく息もあっています。この曲は、ホイットニー・ヒューストンの曲としてもあまり知られていないですがかなりのクオリティーです。
 
 最後となる4曲目のジャーメインとホイットニーの共演となったのは、86年のジャーメインのアリスタでの第2弾アルバム『プレシャス モーメンツ』での「If You Say My Eyes Are Beautiful」です。今度は新人のホイットニーではなくデビューアルバムで、一気にスターとなったホイットニーとのデュオです。心なしかホイットニーのボーカルに風格を感じます。


プレシャス・モーメンツ

プレシャス・モーメンツ

  • アーティスト:
  • 出版社/メーカー: BMG JAPAN Inc.
  • 発売日: 2009/11/04
  • メディア: CD
 
 はっきりいってこの曲をシングルできらなかった理由がいまだに不明。
 このアルバムからの先行シングルはスティーヴィー・ワンダーとの共作のポップなダンス曲「I Think Its Love」でHot100で16位のスマッシュヒット(R&Bでは14位)となり、エリオット・ウィレンスキーによる美しく力強いバラード曲をカットしていたら、当時のホイットニーの勢いもあって1位は確実だったと思います。ここでもジャーメインは幻の全米1位を逃す事になります。
 ジャーメイン自身は、ホイットニーがこの曲のDuoの相手になった時点でシングル化はないと思い“むかついた”という発言もしています。アリスタサイドが、翌年に控えるホイットニーの2ndアルバムに向け露出過多になるのを恐れたとありましたが、つなぎの曲としても最高じゃないかと思うのですが。アリスタはホイットニーだけのレーベルでもないでしょうに。この曲がシングル化されなかった要因が他にもあると思います(それはまた別の記事で記します)
 ホイットニーの船出に多大な貢献をしたジャーメインですが、2ndアルバムには、前作からのProducerがほとんど起用される中、ジャーメインは迎えられません。2人は恋愛関係(不倫関係)にあったというのは噂か?2人の距離を離すための方策だったのでしょうか。どちらにしろこのバラードがシングルにならなかったのは残念でなりません。
 マイケル・オマーティアンとジャーメインが制作した 『プレシャス・モーメンツ』は素晴らしいアルバムです。おれ的にはジャーメインのアルバムで一番の出来です。
 
 以上がジャーメインとホイットニーとの共演曲です。
 マイケルが『BAD』からの1stシングル「I Just Can't Stop Loving You」のデュオ相手に、ホイットニーの名が上がった事がありましたが、ホイットニー側が断ったのはジャーメインへの配慮だったかもしれません。だってジャーメインはホイットニーとこれだけデュオソングがありながら、1枚もシングル化されていない。そのホイットニーが弟マイケルとのデュオで全米1位をあっさりとったりしたら、ジャーメインの心情はどんなものでしょうか。
 シングル化されてはいませんが、この2人のデュオソングは今聞いても素晴らしく、輝き続けていると思います。


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◆ 『BAD』はなぜ『Thriller』を超えれなかったのか? [アルバム考察]

                                                                                                            オリジナル2009.11.16Upに加筆・修正

badth.jpg

 87年8月、『BAD』が発売されます。マイケルは本気で『スリラー』を超える作品を目指したと思います。超えた部分もありますし、超えれなかった部分もあります。最大の目標は、アルバムセールス、1億枚という数字も掲げます。そしてグラミーでの評価も求めたと思います。
 79年時の『オフ・ザ・ウォール』の成功も、当初誰も予想していなかった。アルバムから2枚のNo1シングルをうみ、TOP10に4曲入るという大記録も打ち出す。すでに『オフ・ザ・ウォール』でマイケルは頂点に達したとも思われていた。その中での『スリラー』の登場だった。
 『スリラー』が発売されたとき、このアルバムが世界で一番売れるアルバムなる事を予想した人はいなかったと思います。いやマイケルだけはそう信じていたのではないでしょうか。そしてマイケルはそれをやってのけるのです。
 そして『BAD』の時もさらなる高みを求め挑戦するのです。

 『BAD』の全世界でのアルバムセールスは3,000万枚。普通ならこれが失敗という事などありえない数字ですが、今や1億枚を超えているスリラーには及びませんでした。前回もふれましたが、グラミーでもマイケルは失望したのではないでしょうか。
 ノミネートされたのは4部門、最優秀アルバム、最優秀プロデューサー、そして最優秀ポップ歌手とR&B歌手。主要部門の、最優秀レコードと最優秀楽曲にはノミネートされず。(翌年「マン・イン・ザ・ミラー」がノミネートされますが)。受賞はできず。
 7部門獲得した『スリラー』には遠く及びませんでした。
 ただし、シングルは5曲がNo1になります。『スリラー』の時は「ビートイット」と「ビリージーン」の2曲でしたから、これは完璧に超えています。ですので今回の記事タイトル『BADはなぜThrillerを超えれなかったのか?』は語弊があるかもしれません。1枚のアルバムから5枚のNo1シングルを生み出すとは驚異というかミラクルです。この記録はいまだに破られていませんし、アルバムからシングルカットするという流れもなくなっているので、もう破られる事はないようにも思います。(*ケイティー・ペリーが後に並ぶ)
 
 『スリラー』は、収録されている楽曲が素晴らしい。ただそれだけでは1億枚もこえる作品にはならなかったと思います。過去記事で、『スリラー』がなぜ世界一売れたアルバムとなったか下記の要因を上げました。

 ① ROCK、POP、R&B等のジャンルの概念を壊したアルバムだった
 
② 映像と音楽が結びついたMTV時代の幕開けに絶妙なタイミングで登場した
 ③ 最高のシンガーでありダンサーでありライターでもあるMJという唯一無二の存在
 ④ 計算されたかつ意表をつくそして想定外のシングルカット数
 
⑤ グラミー賞で(当時)史上初の8部門受賞で『スリラー』は楽曲的な評価も得、マイケルは生ける伝説となった

 『スリラー』のビジネス戦略は、ある意味非常識なものでした。「ビリージーン」がチャート1位になっている時に、次のシングル「ビートイット」を切ってきたり、7枚ものシングルカットをしたりと普通ではなかった。普通でないことをしたからこそここまで売れたのかもしれません。そしていくつもの要素が絡んでいます。この複合的な戦略がなければここまでのヒットにはならなかったのではないでしょうか。
 基本的な戦略プランはマイケル・ジャクソンだと思うのですが、当時のマイケルのマネージャー、フランク・ディレオの功績もあると思います。
 『スリラー』はいろいろな意味でパイオニア的な作品でもあり普遍的な魅力も持っていた。それは発表されて25年以上経た今でも輝きを失っていないとこにもわかります。
  
 ①と②であげたように『スリラー』の歴史的なヒットの要因は、ジャンルを超えたクロスオーバーさと映像につきると思います。
 音楽とは、読んで字のごとく音を楽しむ事。マイケル・ジャクソンは、音に加えて視覚で楽しむ事を我々に示してくれます。そしてそれをビジネスとして成立させたのがMTV。音楽と映像が結びつきます。ただ音楽と映像をあわせればよいというものではありません。MTVで、ストーリー性のある映像やいろいろな演出をしたクリップも制作されます。そういう作品はある程度楽しめる。しかし数回見たら飽きてしまう。リピートとなると難しい。
 その点、ダンスビデオは、何回も見てしまう中毒性がある。ストーリー性のある映像とダンスと歌が完璧な調和をみせたときそこにすごいものができます。
 まさしくそれが「スリラー」でした。
 さらに「ビートイット」、モータウンの記念特番での「ビリージーン」でみせたムーンウォークとダンスパフォーマンスに多くのファンが魅了されます。歌とダンスがこんなにも一体化したステージはこれまで見たことなかったのですから。
 音楽と映像が結びつき始めた時代に、絶妙なタイミングで登場したのがマイケル・ジャクソンだったのです。
 これが数年遅かったらインパクトはうすかった。『スリラー』のMusic Videoは今でも斬新ですが、それを84年にしてるとこがすごいのです。
 『BAD』がでた87年、88年はもういろいろなMV、PVが出回り、音楽と映像の結びつきが新しいものでなくなりました。『BAD』からも素晴らしいSFは制作されましたが、『スリラー』ほどのインパクトはなかった。
 
 『BAD』からの最初のMusic Videoというよりまさにショート・フィルムの「BAD」。
 トータル18分に及ぶ大作です。監督はマーティン・スコセッシ。前半は、モノクロではじまります。こういうシリアスな感じのマイケルの演技を見るのは初めてでした。(他の作品にもないと思います)
 「BAD」はメッセージある曲。ストリートの曲です。
 このショートフィルムは、エドモンド・ペリーという17歳の優秀な黒人青年が白人警官に射殺されるという事件に触発されて制作されたと言われています。(この事件に関しては相当複雑な背景があるようです)
 作品の中では、優等生として都会の学校に通うダリルという青年をMJが演じます。ダリルが出身の貧しいスラム街にもどって、昔の仲間たち(ワル)と再会し、ワルたちに「お前は変わった。もう昔のワルじゃねー、全然いけてねー」という感じでその確執を描いています。正しく生きようとする人間を引き戻そうとする奴こそほんとの悪だという事をいいたいのかなとも感じたのですが。BADのリリックをそのまま読むと、すごい虚無的というか自虐的というか、MJには珍しくpositiveな感じではないんですよね。
 あのプリンスとのデュオも想定されていたというのも驚き。しかし、プリンスが同意しなかったため実現しなかったみたいですが。「BAD」自体、デュオソングのイメージないよな~。
 マイケルは、それまでの優等生的なイメージを払拭するべく、ダンスもワイルドな感じ。服もちょっとヘビメタ系。股間に手をあてるポーズも連発。ダンスはかっこいい。ただ「おれはほんとのワル」って連発し、悪びれるほど、なんかファッション的な感じが強まる感じ。
 SF『BAD』は実は、かなり深い内容だと思います。そして「BAD」という単語自体にも二重の意味合いがある。「クール、かっこいい」というものと、普通に「ワル」。
 MJも曲と作品に、自身の新しいイメージをかぶせてダブルミーニングにした。

 USA国内なら、マイケルの社会性をもったメッセージも入ってきたと思うのですが、日本を含め世界にはストレートにこのメッセージが伝わらなかった部分があるように思います。
 カラーになってから始まる「BAD」のDanceシーンはめちゃくちゃかっこいいわけですが、この作品のメッセージ性のわかりにくさは『BAD』の難点の一つだと思います。

 『スリラー』における「Beat It」は、曲のメッセージ性と黒人と白人によるDanceシーンとの融合がストレートに入ってきた。「ビートイット」の真のメッセージは、「喧嘩はだめよ」ではなく「争いになりそうになったらその場から離れるのも勇気だ」という所ですが。 

 次に『スリラー』と違う試みは『ムーンウォーカー』という映画という媒体を使った所。『BAD』いおけるもう一つの目玉的なSF「スムーズ・クリミナル」が最後にドロップアウトされます。
 ただ映画になるとTVとちがって気軽さが減る。ある程度のファンでないと見ない。さらに『BAD』プロジェクトの最後の起爆剤となるはずだったこの作品、契約の部分がうまくいかずに全米公開にもっていけなかった。そこが思ったよりアルバムセールスに貢献しなかった点ではないかと思います。

 『スリラー』はKing Of Popにふさわしい作品でもありました。レコード・オブ・ザ・イヤーと最優秀ロック歌手を獲得した「Beat It」。この曲が、R&Bシンガーというこれまでの位置づけだったマイケルの壁を突き破った。さらにMVでのDance。奇跡的な1曲です。
 この曲なくして、彼がKing Of Popといわれる事はなかったしょう。この曲の影響で、ロック層もマイケルの作品を購入した。ギターリストのヴァン・ヘイレンのネームバリューも大きかった。彼を担ぎ出せたのもクインシー・ジョーンズだったからこそ。
 『BAD』にはここまでのロック層を虜にする作品がなかった。全米1位にはなりましたが「Dirty Diana」では役不足でした。(←と思ってるのはオレだけか!?)
 
 そして「ビリージーン」でR&Bを制覇。この曲はR&Bの過去と未来がつまっている。そしてあのモータウンでのパフォーマンスでさらに曲の魅力と存在感みたいなものが増した。この曲もミラクルです。さらに予想外に白人層にもこの曲がうけた。モータウン特番でのムーンウォークーは観客を魅了し、またセールスがのばした。
 『BAD』では、マイケルのルーツであるR&B層を虜にする黒い楽曲がなかった。Streetの曲「BAD」はR&Bで思ったより受けなかった。シングルはHOT-100だけでなく、R&Bチャートでも軒並み1位にはなりますが、87,88の年間のR&BチャートのでみるとTOP20に入っているのは「The Way You Make Me Feel」の17位のみ。
 87年チャートを席巻したのは、Teddy RileyやLA&BABYFACEの曲でした(また本編MyBlogで特集してみよう!)

 『BAD』に足りなかったのが、『スリラー』ほど時代の先をいってなかった事、『スリラー』の時ほどのインパクトある演出ができなかった。映像と楽曲を結びつけてシングルカットをしていく手法も新しいものではなくなった(そうはいっても次にどのシングルが切られどんなSFが登場するかワクワクしたけど)。そのインパクトは『スリラー』で我々は見てしまったから行きようがなかったとも思います。
 『BAD』はさらにそれらの要素を熟成させる手法しかありませんでした。『スリラー』はマイケル・ジャクソンが時代を味方にして作り出したミラクルな作品だと思います。
 『スリラー』を超えるには、『スリラー』を購入した層+新たな客層を取り込まなければ不可能なわけです。もちろん新たな層も相当獲得した。『BAD』ワールドツアーもアルバムセールスを後押しした。

 一方でPOP化したマイケルから離れていった層もあると思う。世界的なスターとなったマイケルにこの頃からゴシップ記事も出始めます(今となってはこの頃のゴシップ記事はまだそこまでの悪意は感じなかった)。スターになるとアンチが出でくるのも宿命。
 『スリラー』はそれこそ世界の老若男女が購入した作品だったと思う。年配層は、礼儀正しい青年を好む。『スリラー』の頃、マイケルはまさにそんな好青年だった。『BAD』というコンセプトになり、エッジの効いたスタイルに年配層の購入層が減ったとかあるかも。
 それはその年齢層を代表するような母・キャサリンも自伝で述べている。
 キャサリンは、自身も好んだシャッフルグルーブの「The Way You Make Me Feel」と「Man In The Mirror」をすぐに気に入ったといいます。逆に「Dirty Diana」「Speed Demon」「Smooth Criminal」のようなハードエッジな曲は好みじゃなかったと。特にギターの絶叫が続く「ダーティー・ダイアナ」は一番嫌いだったと。
 『スリラー』はロック、ポップ、R&B、それぞれの層の人たちを虜にする楽曲を収録していた。しかし、『BAD』は全体的にポップ的な印象が強い。それぞれのジャンルに特化するというより、ジャンルを超えたマイケルワールドが展開したという感じ。時代の先取り感をいえば、Hip Hop的な要素があればすごかった。それは次作ですることになるのですが。

 『BAD』におけるシングル戦略にも不満。
 MJとクインシーのアレンジの区分けとシングルカット順が下記です。

  -MJ&Others-
 2  The Way You Make Me Feel ③
 6  Another Part Of Me  ⑥
 9  Dirty Diana ⑤
 10 Smooth Criminal ⑦
 11 Leave Me Alone
 
 -Quinsy&MJ-
 1 BAD ②
 3 Speed Demon
 4 Liberian Girl              
 
 -Quincy&Others-
 5 Just Good Friends
 7 Man In The Mirror  ④
 8 I Just Can't Stop Loving You ①

 マイケルのアルバムだから、最終的にはマイケルの判断でシングルが選ばれていったと思うのですが、やはりマイケル自身が曲を書き、自身が中心に手がけた曲をシングルにしていきます。
 が、何度も言うように「リベリアンガール」を全世界シングルとして早めにカットしていなかった事が悔やまれます。

 『BAD』は収録曲11曲中、9曲がマイケル単独のライティングですが、個人的には「リベリアンガール」が一番すばらしいと思う。それをクインシーとマイケルでエキゾチックなアレンジで仕上げた。
 UKではシングルとなり、遊び心満載のMusic Videoも制作されるけど、、「Remember The Time」のようなLove ロマンス仕立てでもありだったと思います。この頃のMJは、いわゆる白人層にも黒人層にもうけるかっこよさだった。この曲もとても可能性を秘めていた曲だと思います。
 
 アルバムの中には、2曲のDUOがありますが、ゲストとしてのインパクトも『スリラー』時におけるポール・マッカットニーには全然おとる。今でこそ、『スリラー』の歴史的ヒットにより、ポールとの「ガール・イズ・マイン」のインパクトは薄れているけど、当時はこの曲こそが目玉曲の一つだった。
 『BAD』においてはNo1ソングにはなったものの「I Just Can't Stop Loving You」の新人サイーダ・ギャレットと「Just Good Friends」のスティーヴィー・ワンダーにそれほどのインパクトはなかった。
 『BAD25』ドキュメントで、「Can't Stop」の当初のDUOの候補はホイットニー・ヒューストンとはっきり出ていましたが、アリスタ側のホイットニーの過剰露出を嫌ったという所で流れる。個人的にはホイットニーが、4回もDUOして1枚もシングルになっていないマイケルの兄・ジャーメインに気を使った部分も感じます。
 そして、BADで噂になっていたプリンス、あるいはジョージ・マイケル(Just Good Friendsの当初の候補はジョージだったのかも)の参加があれば相当なインパクトだったと思うけど実現しなかった。
 RUN-D.M.Cの参加があれば時代の先取り感といい強烈だったはず。
 ゲストのインパクトも『BAD』にはなかった。

  こうして『BAD』プロジェクトは終了しました。今でもマイケル色のバランスが一番とれた作品ではないかと思います。『スリラー』を、そして自分を超えるべくマイケル・ジャクソンがこの作品に注ぎ込んだエネルギーはどれほどのものだったでしょうか。誰かがもうこの辺で終わりにしようと言っても、マイケルは何度もやり直したといいます。『BAD』はマイケルが極限まで完璧なものを求めた作品でもあるように思います。その努力と不屈の精神をこのアルバムを見るたびに感じます。
 
 さて、次は『Dangerous』に入ります。クインシー・ジョーンズと離れます。クインシーとの契約は当初から3作だったという記事も見ましたが、クインシーから多くの事を学び、やりつくしたといっていいかはわかりませんが、それに近いものがあったと思います。そしてクインシーの力を借りずとも自分だけですごいアルバム、また世界一のセールスのアルバムを作るという思いを持つのです。
 マイケルはいつも人を驚かす事が好きでした。みんなが驚くサウンドを作りたいという欲求があるのです。マイケル・ジャクソンは、見た目が白人になってもルーツの音楽を忘れていないから、テディー・ライリーというR&B/HipHopプロデューサーと組んだという論評も見ますが、おれ的にはちょっとちがいます。マイケルは、常に人を驚かす最先端の音を求めていた。そしてCreativeで刺激的なサウンドをいつもブラックミュージックは生み出していた。
 当時、その誰にも真似のできない最先端の音を作り出していたのがTeddy Rileyだったと思います。マイケルも好きでしたが、R&B好き、プロデューサー聞きもしてたおれにとっても、当時Teddy Rileyもマストプロデューサーでした。しかしそのテディーのニュージャックスウィングと呼ばれるサウンドとそれまでマイケルとクインシーが作り上げた音とはあまりにもかけ離れていたので、その両者が組むというのはちょっと考えれませんでした。
 次作『Dangerous』はテディー・ライリー抜きでは語れない作品です。

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