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◆ 『Dangerous』 完成までの道のり -前編- ビル・ボットレルの功績 [アルバム考察]

                                 オリジナル2010.3.9Up

dangerous11.jpg

  MJフリークたちによる、トークショー「MJ熱中夜話」というものが開催されている。そこでMJの90年代の金字塔『DANGEROUS』の制作秘話等が語られるらしい。楽しそうだな~。なんか触発されて、以前書き上げた記事に追加、修正したものをUP!

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 『BAD』は87年7月に発売され、USAでは7枚、UKでは9曲のシングルがきられます。UKでの最後のシングル「リベリアンガールは」89年7月にカットされています。そして世界はまたマイケル・ジャクソンの次のアルバムを待ち望むわけです。
 87年9月から始まった『BAD』ワールドツアー、440万人を動員し大盛況のうちに89年10月に終え、マイケルは次のアルバムに向けての準備も整えていったと思われます。
 この頃、レコード会社主導でマイケルのBESTアルバム『DECADE1979-1989』の発売が進められていた模様。

decade michael jackson.jpg
 
 エンジニアのブルース・スウェディンによれば、『BAD』が完成した日の翌日から、マイケルは次作に向けてのデモ・テープを制作していたといいます。
 クインシー・ジョーンズとの歴史的な3部作も生み出し、90年代に突入する節目にマイケルのベスト盤を発表するという意図はよくわかります。この2枚組のベスト盤、新曲数曲をつけて発表するというプランで、No1ソングはすべて収録され、興味深いところではJacksons名義の「Heartbreak Hotel」や「State Of Shock withミック・ジャガー」も収録リストに入っている。
 さらに「Someone In The Dark」、「Come Together」等当時ではレアトラックも収録。
 それに新曲として下記の曲があげられている。

・ Black or White
・ Heal The World
・ Who Is It
・ I'll Be There (adult version)
・ Never Can Say Goodbye(adult version)


 もともとマイケルはベスト盤のようなものを好まない。わくわくドキドキするような新曲をファンに聞いてもらうことを信条としていた。でもレコード会社的には出して欲しい側面(売れるし新たなファン層の獲得にもつながる)がある。最終的に、従前のヒット曲の選定はできたと思われますが、新録曲の収録選定がまとまらずこのベスト盤のプランは流れることになります。(でもこの感じは『History』にもつながる。結局、Disk2が全曲新曲になって発売されたけど)

 『BAD』期以降、湯水のごとく湧き出る曲群をストックしていたと思われます。そして『DECADE』が流れ、実際にニューアルバムとしての本格的なレコーディングに90年6月からとりかかり、1年2ヶ月をかけて『DANGEROUS』を完成させるのです。
 最終的に『デンジャラス』91年11月に発売されます。『BAD』から4年ぶりとなるアルバムですが、ツアーをし、様々なプロジェクトもこなし、合間に曲を作っていったという。マイケル的には、ほんとのんびりする事なく次作に取り組んだいた感じです。
 マイケルはやはりまだ『スリラー』を超える作品を作るという思いを捨てきれていませんでした。アルバムセールスの目標も1億枚。

 これまでもBlack系プロデューサーの所でいろいろとりあげていますが、『BAD』の制作後、88年からさらにテクノロジーは進化します。シンセサイザーや、ドラムプログラミングなど、機器で様々な斬新な音を作ることを可能にしました。そのテクノロジーと、ミュージシャンシップをもった才能が融合し、ジミー・ジャム&テリー・ルイス、LA&BABYFACE、テディ・ライリーなどのような斬新な音を作るR&Bプロデューサーが、R&Bだけでなくシーンを席巻するようになります。(余談ですが、90年代後半、さらに音のサンプリングが容易になり、Remixという手法などでショーン・パフィー・コムズ(P.Diddy)などが登場。ループ感がなじむHip Hop フィールドでさらに進化していった感じです)

 さてそんな背景の中、マイケルは新しいアルバム制作に着手します。クインシー・ジョーンズとはやりつくした感じがあったと思います。それはクインシーとの3部作の流れを見てもわかります。契約上も、クインシーとは3作の制作するというものだった模様。
 この辺から、いろいろなものを聞きいたり見ている私の推測です(2010.3月時の考察だけど)。

 79年の『Off The Wall』はいろいろなジャンルの音楽を知り尽くしているクインシー色が強いアルバム。そして、82年の『スリラー』では、ライターとしてのマイケル・ジャクソンの進化を感じますが、やはり音の主導はクインシーが握っているように思います。
 そして、87年の『BAD』です。この作品は、かなりのマイケルの主張を感じます。クインシー側も、馴染みのロッド・テンパートンなどの曲をもちよったと思うのですが、最終的には11曲中9曲がマイケル作の曲となりました。この時クインシー側が『BAD』のために用意してマイケルが採用しなかったロッド・テンパートンの曲のいくつかが、88年に発表されている、秘蔵っ子サイーダ・ギャレットのデビュー・アルバム『Kiss Of Life』や、89年のクインシーのソロ作『Back On The Block』に収録されたと推測しています。
 ただクインシー主導の路線で『BAD』を制作していたら、クインシ-色の強い『スリラー』の延長線上のアルバムになっていた気がします。『BAD』はマイケルが自分の作品を中心に作り上げた事により、『スリラー』とはちがうカラーになったと思います。
 そして、その流れは『Dangerous』でもさらに強まります。マイケルは、ある意味脱クインシーに挑んだ。クインシーの力を借りずとも自分がアルバム制作をコントロールするという思いを強く持ったと思います。
 マイケルは、『BAD』のように自分の書いた曲をメインにしてアルバムプランをねっていきます。そしてそのサウンドブレインに任命されたのがビル・ボットレル(以前はビル・ボトレル表記だった)でした。エンジニアでクインシーファミリーでもあるブルース・スウェディンの力も借ります。
 ここで思うのが、マイケルの時代を読む嗅覚のすごさです。よく80年代、90年代と10年区切りででサウンドや流行が語られますが、89年辺りから80'Sと言われるサウンドの感触が変わっていきます。その大きな流れの一つがオルタナティブ・ロック(Alternative Rock)です。
 正直な所、好きなジャンルでないので語れません。オルタナティブって。きちんとした定義を知るまでノンジャンルの、マイナー的な無国籍風ロックかと思ってたし。

 オルタナティブとは、「もうひとつの選択、異質な、反主流」という意味合いで、ニルヴァーナがその流れを作った。80年代から活動するレッド・ホット・チリ・ペッパーズのこのオルタナティブの流れにはまり90年代になり大ブレイク。この系統の流れだとR.E.M、Coldplayが浮かぶ。(でもアルバム1枚ももってません)反メジャー的な反骨精神が充満している。
 でボットレルはそのオルタナティブ的な、カントリーやフォーク、ブルース的な感触もまざったロックサウンドを作ることができた。マイケルとのWORKの後、シェリル・クロウを手がけ、94年のグラミーで最優秀レコードも獲得するわけで、時代の流れにのったCreaterだった。(シェリルもマイケルのBADワールドツアーでDUOパートナーとして同行してたし)
 ビル・ボットレルに関しては、『DANGEROUS』でそのクレジットを初めて意識するわけですが、西寺郷太氏の著書でジャクソンズの『Victory』(84)からの関わりと知る。

 ボットレルは、白人だし、その音もぜんぜん黒くない。しかし、オルタナテティブ・ロックという流れにのったプロデューサーだった。その時代の流れを見抜いているマイケルはすごい、とあらためて思う。
 そして、ボットレルと以下の曲を作り上げる。

・ Black Or White  (収録) 『DECADE』収録予定曲
・ Who Is It     (収録)  『DECADE』収録予定曲  
・ Give In To Me   (収録)
・ Dangerous       (後にTeddy RileyがRemixし収録)
・ If You Don’t Love Me(公式リリースなし)
・  Monkey Buisiness (Ultimate 収録)
・ What About Us (Earth Song)  (見送り、David Fosterも加わり『History』に収録)

 「Black Or White」は、前述のベスト盤『DECADE』の目玉曲だったと思う。けっこう早い段階からできていた。これまでアルバムからの先行シングルは、割と地味目な曲を持ってきて2ndが勝負曲みたいな流れがあったけど、混沌とする90年代、80年代アーティストが次々とヒットから離れていく中、マイケルはこの無国籍風、ミクスチュア、ある種オルタナティブRock的(さらにRapも融合)な勝負曲を先行シングルに選び、見事にそれが当たる。
 「Who Is It」も「This Place Hotel」や「ビリージーン」の流れからくるマイケル色の強い曲。(この曲のさらに原型として「Mind Is Magic」という曲も存在します)
 「Give In To Me」もこれまたマイケルの好きなロック曲。ガンズ・アンド・ローゼズ(GN'R)の凄腕 ギターリスト、スラッシュも招き話題性もあります。今回はブルース色も感じる。
 そしてこれまたマイケル色の強い「デンジャラス」。初期バージョンは、Ultimateにも収録されていますがTeddyがからんでいないのでリズム・アレンジメントが全然ちがいます。ビル・ボトレルも絡んだ「Dangerous」が最初の形だったとは驚きだった。案外、こっちの方が好み人も多いかも。
 公には出ていませんが王道のパンクロック「If You Don’t Love Me」。こんな曲をマイケルがするとは意外です。ロックン・ローラーだったというビル・ボットレル主導の曲だと思います。
 Ultimateに収録された「Monkey Business」。マイケルの曲の中でもリリックも凝ってる。
 そして、『Dangerous』に収録されず95年の『History』に収録され、近年、すごく注目されている「Earth Song」もこの時点では「What About Us」という曲でした。「Earth Song」では後半、攻撃的で激しいシャウトでしたが、「What About Us」ではファルセットボーカルになっています。

・  She Got It                (公式リリースなし)
・ Serious Effect with LL COOL J  (公式リリースなし)

 上記2曲もビル・ボットレルとの曲ですが、さらに(公式かは不明ですが)Teddy Rileyのクレジットがあるのが注目であり、謎です。後ほど触れますが、Teddyは最終的に『Dangerous』のメインプロデューーサーになるわけですが、この初期段階の関わりは何なのだろう?と思うわけです。
 公式リリースされていない「She Got It」も斬新なリズムアレンジメントとロックTasteを加えた曲です。「Dangerous」同様、ボットレルが最初に作っていた曲に、Teddyが後から手を加えたのか?Teddy色は薄い。
 Hip Hopを意識したリズムアレンジメントとRappinにLL Cool Jを招いた「Serious Effect」はTeddy Rileyっぽい。

 そして、マイケル自身がプロデュースもした曲。

・ Heal The World (収録ブルース・スウェディン共同Pro/DECADE収録予定曲)
・ Keep The Faith  (収録/ブルース・スウェディン共同Pro)
・ Gone Too Soon   (収録/ブルース・スウェディン共同Pro)
・ For All Time      (見送り/TOTO勢曲)
・ Work That Body  (with ブライアン・ローレン/公式リリースなし)
・  Happy Birthday Lisa(公式リリースなし)

 
 「Heal The World」は、『DECADE』収録曲でしたが、『DANGESROUS』初期プランには入っていなかった。後に、多くの人に愛されたこのメッセージソング、世に出てよかった。
 「Keep The Faith」は前回「マン・イン・ザ・ミラー」を提供したサイーダ・ギャレットのPositiveな曲を今回も採用。サイーダ自身のこの手の曲が得意なのか、自分のアルバムにも同じ系統の曲を収録しています。
 早すぎる死を迎えた少年に捧げた美しいバラード「Gone Too Soon」。
 さらにミネアポリスを意識した「Work That Body」、マイケルがプリンスっぽい曲をするとは意外。最初ジャム&ルイスProduceかと思いましたが、ブライアン・ローレン作。
 美しいバラード「For All Time」。『スリラー』の収録が見送られたTOTO勢の曲。25周年盤『スリラー』に収録。
 「Happy Birtheday Lisa」はリサ・プレスリーに捧げた曲かと思ったら、USAのニヒルアニメ作品「シンプソンズ」に登場するキャラクターへの曲のよう。こういう小曲、マイケル作品の中ではめずらしい。

 出回っているブート盤からも推測するに、当初この構成でマイケルのニューアルバムはスタートとしたと思われます。しかし、マイケルは不満だったのでしょう。この楽曲群では、1億枚をこえるセールスは見込めない。何か決定的なものが足りないと感じたのではないでしょうか。確かに、オルタナティブ的な感触は十分だけど、これまでのマイケル作品にあった圧倒的なキャッチーさもうすい。これまでのマイケルのベースであるR&B的な要素も薄く、激動する90年代シーンの中ではインパクトもうすい。
 マイケルも足りない部分がわかっていたよう。それが、斬新なリズムと強烈なビートだったと思います。そしてそれを生み出す才能として目を付けたのが、R&B/Hip Hopプロデューサーのテディ・ライリーだったのです。
 彼のテクノロジーに対する斬新なサウンドアプローチは、ニュージャックスウィングと呼ばれ、87年以降シーンを席巻していました。当時、22歳の若者だったテディは、憧れのスーパースターのマイケルから声がかかって「びびった」と言ってます。
 ただ当時、テディの勢いはピークから下り坂に入っていた印象。しかし、マイケルはテディーを選びます。2人は意気投合。マイケルも若きエナジー・テディーから多くのものを吸収したはず。そして、テディー・ライリー自身もマイケルによりその才能が再びスパークし、これまでにないサウンドを生み出していく。テディーは、マイケルが用意したVIP待遇の住まいも提供され、これまたなんでも揃っているスタジオにこもりマイケルの要求するレベルの作品を作り上げていきます。テディが加わった事で、『Dangerous』はまったくちがう形に変わっていきます。 (後編へ)


デンジャラス

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  • 出版社/メーカー: SMJ
  • 発売日: 2018/03/21
  • メディア: CD
 

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◆ If You Say My Eyes Are Beautiful - ジャーメインとホイットニーの幻のNo1シングル- [ジャーメイン・ジャクソン]

                                                 オリジナル2013.7.23Up

ifyousay.jpg
 『BAD』からの先行(1st)シングル、「I Just Can't Stop Loving You」は、マイケルとのデュオパートナー選びに難航したと言われています。最終的に、サイーダ・ギャレットに落ち着いたわけですが、当初は、バーブラ・ストライサンドを想定していた。しかし断られたと。『BAD』のドキュメンタリー番組の中でホイットニー・ヒューストンの名前もはっきりと上がっていました。しかし、Whitneyサイドは断ります。
 その要因は、ホイットニーの待望の2ndの発売が87年6月に控えており、タイミング的にマイケルの『BAD』と重なるという所があったと思います。ホイットニーとマイケルとのかけあい感じてみたかったです。どんな感じだったのでしょうか。
 このタイミングで、マイケルとのDUOを避けたのはアリスタレコードの社長・クライブ・デイヴィスによる判断かと思いますが、ホイットニー自身もマイケルとのDUOは受けにくかったという思いがあったかもしれません。それは、マイケルの兄、ジャーメイン・ジャクソンの存在があったから。
 ホイットニーは、ジャーメインと4曲DUOしているのです。しかし、1枚もシングル化されていません。

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 「If You Say My Eyes Are Beautiful」(邦題「恋するまなざし」)は、86年のジャーメイン・ジャクソンのアリスタ移籍第2弾アルバム『プレシャス・モーメンツ』に収録された、ホイットニー・ヒューストンとの4曲目のデュオソングです。前回、ジャクソン兄弟の三男ジャーメインとホイットニーとの記事をUpしましたが、今回この曲に関してより深く掘り下げてみようと思います。

 今回この記事をUpするにあたって二人の画像を探していたらめちゃいい感じのを見つけました(勝手にUpしてるけど・・・)。めちゃいい男といい女カップル、絵になるわ~。ホイットニーの死後、二人の関係が取り沙汰されましたが、こうしてみると、あらためていい雰囲気の二人。ボビー・ブラウンとの2ショットより全然いい感じ。

 86年、ジャーメインのこのアルバムに収録されたホイットニーとのこの楽曲は、曲自体もよいし、当時のホイットニーの勢いからいってもNo1確実の強力シングルでした。ホイットニーのデビュー時は、ジャーメインのネームバリューも借りて売り出された感じですが、今回は、ホイットニーの助力をジャーメインが得る感じだったように思います。

プレシャス・モーメンツ

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  • 出版社/メーカー: BMG JAPAN Inc.
  • 発売日: 2009/11/04
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 しかし、この曲はシングルカットされる事はありませんでした。ジャーメインとホイットニーのDuo曲は4曲発表されていますが、二人のデュオソングがシングル化される事はありませんでした。
 ジャーメインとのそれまでの3曲は、シングル曲としてのタイミングは難しいものがあったように思います。しかし、「If You say ---」はジャーメインサイド、ホイットニーサイドにとってもシングル曲としては絶好のタイミングだったと思うのですが、シングル化されないのです。そこに何かしらの理由を感じます。
 
 85年『ホイットニー・ヒューストン』でデビューしたホイットニー。成功を約束されたその才能と美貌は、アリスタレコードのクライブ・デイヴィスの完璧なプロダクションで花開きます。(このデビューアルバム、日本盤はA面とB面が入れ替わっていたという驚きの事実をこの25周年記念盤で知る事となります)

そよ風の贈りもの~25周年記念盤(DVD付)

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  • 出版社/メーカー: SMJ
  • 発売日: 2010/02/03
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 そのデビュー前からホイットニーのお披露目は始まっていました。84年、テディー・ペンダーグラスのDUOソングでシングルデビューもはたし、ジャーメインのアリスタ移籍第1弾アルバム『Jermaine Jackson』(『ダイナマイト』)にも収録された「Take Good Care Of My Heart」でジャーメインとのDUOを披露します。この時、まだ若干控えめのように思いますが、とても20歳の新人とは思えないボーカルです。私もリアルタイムに、ジャーメインのこのアルバムで彼女のボーカルを聞きましたが、新人とは思わなかった。

ダイナマイト

ダイナマイト

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  • 出版社/メーカー: BMG JAPAN Inc.
  • 発売日: 2009/11/04
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 この時は、ジャーメインやテディのネームバリューの力を借りてホイットニーの存在を売り込んでいくというクライブの戦略でした。(ただこの事が85年のデビュー時に、グラミーの新人部門の資格の剥奪という弊害もうみます)
 85年のホイットニーのデビューアルバムでも、ジャーメインは新たに「Nobody Loves Me Like You Do」というバラードでDuoを務めます。
 さらに当時サントラブームで、映画ががらみのヒットソングが連発されていた。そんな流れにのるべくアリスタレコードが力を入れて製作したのが、ジョン・トラボルタ主演の『パーフェクト』。そのサントラの主役は、ジャーメインでした。さらにそのそのサントラに、ホイットニーとのエレクトリックなDance曲「Shock Me」が収録されます。このスピーディーなダンス曲でも、二人のボーカルは最高に絡み合います。
 そして、ジャーメインは84年の『ダイナマイト』から2年を経て86年にアルバム『Precious Moments』を発表します。
 『ダイナマイト』は、クライブ・デイヴィス主導で製作されたと思います。ジャーメイン、曲も書け、楽器もできるマルチな才能で、モータウン時代では外部プロデューサーの力は必要最小限にし、ほとんどを自身で手がけるアーティストでしたので、『ダイナマイト』ではそのプロダクション能力が十分発揮できなくて、フラストレーションも相当あったと思います。
 が、この『プレシャス・モーメンツ』ではジャーメインのビジョンがほぼ表現されているように感じます。ミキサーにFlyte TymeのSteve Hodgeを招いているのも見逃せない。
 「If You Say My Eyes Are Beautiful」(「恋するまなざし」)はエリオット・ウィレンスキーによる美しく力強いバラード。リリックを見ると当初からデュオを想定していたような曲のように思えます。ジャーメインは、モータウン時代にもリタ・クーリッジ等ど大人の名ラブバラードを残している。
 エリオットも、モータウン時代からジャーメインと曲を書いており、美しいスローバラードが印象的。マイケルのモータウンでのソロデビュー曲「Got To Be there」も彼の曲だそう。
 プロデュースは、ジャーメインとトム・キーン。トム・キーンはTOTOファミリーの人。さらにこの曲にはギターで、スティーヴ・ルカサーも参加。終盤を盛り上げています。
 この曲は、誰がデュオパートナーを組もうと、曲自体かなりのポテンシャルをもった曲のように感じます(個人的にはそこまで好みではないのですが、売れるか売れないかの視点では、売れる曲だと思うという事)。
 しかし、今作再びホイットニー・ヒューストンをDuoパートナーとして選んだのは、ジャーメイン自身ではないようです。
 ホイットニーの自叙伝『デーヴァ』の中で、その事が触れてあり、それはやはりクライブ・デイヴィスの発案だったと。
 実際のレコーディングは、クレジットを見ると別録のようです。すごく息があってるので別々にレコーディングしたように聞こえない。エンジニアのSteve Hodgeの手腕も見事です。
 曲も良いですが、二人のボーカルがさらに素晴らしい。特にホイットニーのボーカルは素晴らしい。このボーカルが彼女を“ディーヴァ”にした。
 
 ジャーメイン自身、この曲自体のポテンシャルの高さを感じているようで、シングルの候補曲でもあったようですが、ホイットニーが相手に決まった時点で、シングルとしてはなくなったと思ったようです。
 シングル曲とならなかった理由が、ホイットニーの過剰露出にあったといいます。
 ホイットニーのデビューアルバム『ホイットニー・ヒューストン』は、85年に発表され、最初のシングル「You Give Good Love」はHOT100で3位(R&B1位)になります。その後も、そんなに踊りまくれるわけではないですが、ビジュアルのいい彼女のPVは次々作られ、シングルヒットも続きます。
 
 You Give Good Love    3位         85.3
 Saving All My Love For You   1位    85.6
 Thinking About You       ---       85.10
 How Will I Know       1位           85.12
 Greatest Love Of All   1位          86.4

 『ホイットニー』からは、5枚のシングルがきられ、内3曲が全米1位を獲得します。最後のシングルとなった「Greatst Love Of All」もアルバムから5枚目のシングルにも関わらず、大ヒットします。
 その時期に、ジャーメインのアルバムが発売されたわけです。
 ホイットニーの次のアルバムからのシングル「すてきなサムバディー」は87年5月で、またまた1位を獲得します。ただその間は1年空いています。
 85年にデビューアルバムが出ますが、ジャーメインのアルバムが出た86年3月の時点では、ホイットニーはもうスターの位置に登りつめていたといっていいでしょう。
 そのタイミングで、ジャーメインとのこの新曲をシングルとして出せば、1位を獲得するのは間違いなかったように思います。しかし、シングル化されなかったのです。
 ホイットニー側の「グレイテスト・ラブ・オブ・オール」の予想外の大ヒットが、さらにジャーメインとのこの曲のシングル化を妨げたのかもしれません。ただ若干、腑に落ちません。
 それだと、あまりにもクライブはホイットニーにテコ入れしすぎのように感じます。
 
 クライブは、アリスタレコードの社長なのです、ジャーメインのアリスタ移籍第一弾アルバムも相当の費用をかけ製作し、プロモーションにも金をかけ、シングルもスマッシュヒットし、アルバムを見事にR&B1位にした。そして第2弾アルバムの起爆剤として「恋するまなざし」は最適だったはず。
 『プレシャス』からの先行シングルは、スティーヴィー・ワンダーも参加した「I Think Its Love」。「Let's Get Serious」以来のスティーヴィーの参加は話題も呼びました。オマーティアンProduceにより、スティーヴィー独特の黒さは薄れた感じですが、この軽快なダンスチューンは、HOT-100で14位まであがります。
 そして、第2弾シングルに「恋するまなざし」を持ってきていたら、シングルもヒットし、連動してアルバムの売り上げも一気に上昇したに違いない。
 そしてさらに強力シングル曲「Do You Remember Me」も勢いに乗ってシングルヒットしたに違いない。
 
 マイケル・ジャクソンとはまた違った魅力のジャクソンズのもう一人のリードボーカル、兄・ジャーメインの魅力が人々に再び認知されたかもしれない。そしてジャーメインも、妹ジャネットと同様に、マイケル・ジャクソンからの呪縛がとかれ、一人のアーティストとしてその後の新たな道が切り開かれた可能性もあった。しかし、その起爆剤としての可能性をもった曲はシングル化されませんでした。ジャーメインも「心底むかついた」と周囲にもらしていたようです。
 クライブは、結局、ホイットニーをスーパースターにするべくジャーメインをも利用したという感じなのでしょうか。
 
 ここからが、私の推測というか妄想なのですが、この曲をシングルにしないように圧力がかかった、かけた人間がいるのではないかという話です。
 これはホイットニーの死後、大きく報じられたジャーメインとの不倫ネタです。当時も、二人の只ならぬ関係を指摘する声はあったようですが、当時フライデーのような決定的な写真は出た事はありませんでした。
 私も、これはガセネタだろうと思っていたのですが、あながちそうでもなかった感じです。
 ジャーメインの自叙伝でも、ジャーメイン自身、ホイットニーに特別な感情をもっていたような事を述べていて驚いた。自身が、それこそ運命を変えた女性、モータウン社長令嬢・ヘイゼルと結婚していたため、自制したともありました。
 ホイットニーはジャーメインに「ヘイゼルと別れて」と言ったが、ジャーメインは断ったと。その腹いせに「すべてをあなたに」のMusic Videoを作ったというのは、後づけの話のように思いましたが、二人が特別な感情を抱いていたのは間違いないように思えてきました。
 クライブ・デイヴィスがその事に気づいていたのかがわかりません。手塩にかけて育て、スター街道まっしぐらのホイットニーに、ジャーメインとの不倫というゴシップが出ればその道は断たれたように思います。
 もしかしたら「恋するまなざし」はシングル予定曲だったのかもしれませんが、どこからかジャーメインとホイットニーとの只ならぬ関係に気づいたクライブ他、アリスタの幹部が二人を遠ざけるべくシングルにする事をやめた。
 また、ホイットニーとの関係に気づいた妻・ヘイゼルが、いわゆるジェラシーってやつでしょうか、自分の旦那を奪った女とのシングル曲がヒットするなど許せないでしょう、父・ベリー・ゴーディーの力も借り、アリスタに圧力をかけシングル化させなかった。
 いろいろ妄想しまくっていますが、ホイットニーとのこのシングル曲が、ホイットニーの過剰露出を嫌ったという理由だけでシングルカットしなかったというのは腑に落ちないのです。
 
 この曲が収録された『プレシャス・モーメンツ』は名盤だと思います。全10曲収録されていますが、ほとんどが愛を綴った曲です。ジャーメインの愛が語られているアルバムなのです。その対象は、普通に考えれば妻・ヘイゼルなのですが。タイトル曲にもなっている「プレシャス・モーメンツ」はジャーメインTaste全開のラヴバラード。プレシャス・モーメンツを単純に訳すと、貴重な時間、大切なひととき。
 ジャーメインらしいハートフルなメロディーラインで、愛に満ち溢れたバラードかと思ったら
 
 今になって君は去るって言うのかい
 僕の元に帰ってくるのだろうか
 僕には想い出と君の写真しか残らないのか
 そして笑顔がもうすぐ消えていく
 でも二人で頑張らなきゃ、間違ったことは正して
 昔と同じようにするんだ

というリリックなのです。そしてこの2年後の88年、ジャーメインとヘイゼルは離婚するのです。
 
 『プレシャス・モーメンツ』、ジャーメインの私小説的な、ジャーメインの愛が語られたアルバム。それは妻・ヘイゼルと、今となってはホイットニーへの愛だったように思えてなりません。
 ジャーメイン自身にこの曲をシングル化できなかった要因があったのかもしれません。
 今回この「If You Say My Eyes are Beautiful」を何度も聞きなおして、ジャーメインとホイットニーの歌声に酔いしれた。ホイットニーも逝ってしまったけど、この二人のボーカルの素晴らしさは消え去る事はない。
 

ディーヴァ  ホイットニーヒューストン物語

ディーヴァ ホイットニーヒューストン物語

  • 作者: ジェフリー ボウマン
  • 出版社/メーカー: 東京FM出版
  • 発売日: 1998/12/10
  • メディア: 単行本

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◆ I Just Can’t Stop Loving You マイケル・ジャクソン&サイーダ・ギャレット [No1ソング]

                                                     original 2009.2.5Up

can_t_stop_loving_you.jpg

 マイケルのソロとしてのビルボートチャートのNo1ソングは13曲ありますが(ポール・マッカットニーとの「Say Say Say」を含む)、それらをこのカテゴリーでは紹介しておこうと思います。時系列に沿いませんが、まずは『BAD』からの5枚のNo1シングルを紹介したいと思います。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 
 
 世紀の大ヒットアルバム『スリラー』から4年、87年8月31日、ついに全世界の人々が待ち望んだマイケル・ジャクソンのNewアルバム『BAD』が発売されます。そして、(当時でも)世界で一番売れているアルバム『THRILLER』を超えるのは不可能という中での『BAD』の登場です。マイケルは、世紀のアルバムとなった『スリラー』を超えるべく再びクイシー・ジョーンズとアルバムを製作しました。彼らのライヴァルは彼ら自身でした。

 これまでも『BAD』についてはいろいろな角度から取り上げていますが、このアルバムの特色のひとつは、全11曲中9曲がマイケル単独で書いた曲であるということ。リリック、メロディの進行にマイケルの特徴を感じます。

 基本的に楽器ができないマイケルは、インスピレーションで曲を作る感じ。譜面は読めないし必要性も感じていないとも述べている。インタビューでも、「曲をつくるというより曲の方からやってくる」と。まさに曲が天から降りてくるというもの。それは、メロディーがいきなり降りてくることもあるし、ベース音やビートから入ってくることもあると。そして、曲を受け取る際の感覚をスピリチュアルで美しいと表現しています。

 そして、そこからサウンドの肉付けをしていく。クインシーの助言に従うこともあるし、テクノロジーに頼る時もある。『BAD』のサウンドはかなりのデジタル化を感じます。時代の流れといえばそうなのでしょうが。

 『BAD』からのNo1ヒットは5曲。1枚のアルバムから5枚のNo1シングルを生んだのは音楽シーンにおいても『BAD』のみ。(後にケイティー・ペリーがならぶ)そこは2曲のNo1曲の『スリラー』を超えました。 

 さてその『BAD』からの先行シングルは、「I Just Can’t Stop Loving You」。ある意味意表をついたバラード。それもDUOソング。マイケルのパートナーを務めるのもサイーダ・ギャレットという無名の新人。
 この曲の初聞きは、FMでした。当時は、Radioという媒体も音楽ファンにとっては欠かせないツールでした。アーティストの新曲など、CD発売より先に、Radioで解禁されていた。日本でも(番組のタイトルは覚えていませんが)FM Radioの番組でファンが待ち望んでいた新曲がお披露目された。
 リアルタイムに感じる、マイケルの新曲。開始時間を興奮して待っていたのは覚えています。
 ちょっと神秘的なシンセの包み込むような音をバックに、マイケルのウィスパーボイスによるささやきから始まる。

 少しの間 君のそばに横たわっていたい
 今夜の君は とてもきれいだ
 愛らしい瞳
 かわいらしい口元
 
 多くの人が僕のことを誤解している
 みんなが僕のことを何も知らないからだ

 君に触れていたい
 君を抱きしめたい
 君が必要なんだ
 ほんとうに・・・
 心の底から君を愛している

 まあスターになるとファンの数もとてつもないけど、アンチが出てくるのも宿命。『スリラー』でスーパースターとなったマイケル、『BAD』前から加熱してきたマイケルちょっと変な人的な話も、だんだん悪意あるものに変わってきた。それに対するマイケルからのささやかな反抗メッセージを、このバラードにかぶせてタブルミーニングにした。
 出だしのリリックの間に入る 

 多くの人が僕のことを誤解している みんなが僕のことを何も知らないからだ

 という部分はちょっと文脈からそれるというか、浮いてる。
 後にリマスター盤や特別編集盤『BAD』、ベスト盤等も発売されますが、すべてこのマイケルのイントロは削除されています。

 思うに、マイケルの意図したタブルミーニング、本来のラブバラードとしてのメッセージより、マイケルの反抗メッセージの意味合いの方が強く汲み取られてしまい、曲の本来の世界観が薄れることをマイケルが嫌がった気がします。

 初回のプレス盤には、このイントロが入っていますし、リアルタイムに『BAD』を聞いていた人は、逆にこのイントロありが普通の感じだと思います。
 リリックの世界観はぬきにしても、マイケルのこのささやきは、女性ファンにとっては魅了されるものがあると思います。曲のドラマ性も高まる気がする。

 チャートと売上という点でも、HOT-100、R&BでもNo1シングルとなり、当時、セールス的には唯一のゴールドシングルとなっている。当初、チャートの1位は獲得するも、『BAD』からはミリオンシングルが出ていませんでした。みんなアルバム買いになるからなのだと思います。
 『BAD』からは7枚のシングル(UKでは9枚)がカットされるわけですが、戦略的にはアルバム発売前の先行シングルとしてが最適だったのだと思います。インパクト的には、この後シングルになっていく曲の中では最も薄いかもしれません。この曲を中盤以降にシングルにしていたらNo1ソングにもならなかったかもしれません。

 この曲がシングルセールス的には『BAD』の中で一番売れたということは、やはりどれだけ多くの人がマイケルの新曲を待ち望んでいたかがわかります。インパクトなんてぬきにして、マイケルの歌声を聴けるというだけで感涙だったのだと思います。

 この曲はデュエットの相手を選ぶのに難航したそうです。最終的には、クインシー人脈で発掘されたサイーダ・ギャレットになるわけですが、DUOパートナーも無名の新人という所でインパクトももてなかった。
 当初は、バーブラ・ストライサンドだったそうですが。曲が気に入らず断られたそう。曲はぜんぜん黒くなくポップなので、白人女性ボーカルの方にあうと思う。今ならセリーヌ・ディオンとかあいそう。
 スパイク・リー監督の『BAD』のドキュメント番組では、ホイットニー・ヒューストンが候補だったと明言されていた。しかしWhitneyサイドが断ったと。

 この辺は、ジャーメインの関連記事でも記しましたが、マイケルの兄、ジャーメインと4曲もDUOしているホイットニー。さらにその4曲どれもシングルにできるポテンシャルなのにシングル化されず。特に86年の『プレシャス・モーメンツ』に収録された「If You Say My Eyes Are Beautiful」はNo1シングル確実と思えたシングル曲でしたが、アリスタレコード社長のクライブ・デイヴィスの意向(と思われる)でシングル化されず。
 そんな状況で、ジャーメインに配慮してマイケルとのDUOを受けるのをホイットニーが拒んだのかもしれません。

 さらにダイアナ・ロスの名前もあがったそうですが、どれもまとまらず新人のサイーダ・ギャレットにおつちきます。(当時はシーダ・ギャレットって発音してた)サイーダといえば、『BAD』だけでなく、マイケルの楽曲群の中でも重要の意味をもつ「Man In The Mirror」の作者の一人。そのすばらしい楽曲を提供したクインシー&マイケルのご褒美的な面もあったのかな。
 もっと勘ぐれば、クインシーが、この後売り出すサイーダのプロモーションにこの曲を利用した的な。そうはいっても、最終的に判断を下すのはマイケルだったと思う。マイケル納得の上でのパートナー指名だったと思います。
 ドキュメント番組でも、スタジオに理由を知らされずに呼ばれたサイーダが自分がマイケルのDUOパートナーを務めることをその場でサプライズ的に知らされ驚く姿は印象的。
 ただ個人的には、中性的なサイーダのボーカルが、さらにMJのスタイルを真似てて、区別がつきにくい感じ。逆に男性のマイケルの方が女性的なボーカルの感触があるし。しかし、中盤以降マイケルのボーカルはエモーショナルになり素晴らしい。マイケルのボーカルにも魅了される。
 そして、リリックがすごくマイケル的。純粋というか、悪く言えばひねりがない。マイケルのラブソングにいえることですが、愛の表現がストレート。リリックの中に官能さや、痛みや、深いところの表現がうすい印象があります。それは、普通のティーンエイジャーのような恋愛ができなかったマイケル・ジャクソンだからかもしれません。

 さらにこの「I Just ---」には、スペイン語バージョンもあり、また雰囲気が全然違う。スパニッシュの響きがいいのでしょうね。さらにさらにフレンチバージョンは、かなりレアなバージョンでしたが、『BAD25周年記念盤』にこの2バージョンも正式に収録録されます。 

BAD25周年記念デラックス・エディション(完全生産限定盤)(DVD付)

BAD25周年記念デラックス・エディション(完全生産限定盤)(DVD付)

  • アーティスト:
  • 出版社/メーカー: SMJ
  • 発売日: 2012/09/19
  • メディア: CD
 この曲は『BAD』伝説の序章です。次に、「スリラー」以後全世界がまちわびたMJのダンスがショートフィルム「BAD」で披露されます。

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